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広島高等裁判所 昭和33年(う)77号 判決 1960年2月25日

被告人 山村政子 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人三戸圭一に支給した分は被告人両名の平等負担とし、国選弁護人神田昭二に支給した分は被告人山村政子の負担とする。

理由

丸茂弁護人の論旨第一点について。

所論は被告人山村が原判示の米軍人ウイリヤム・ルゴーより譲受けた貨物は同人が自己の所属する岩国米海軍航空隊内より持出した賍品であつて、同人に右特例法所定の譲渡申告その他の手続を期待することはできない。しかる以上これと表裏一体をなす被告人山村の税関に対する輸入申告等の手続を期待することは到底できないから、同被告人の行為にはいわゆる期待可能性がなく、その刑事責任は阻却さるべきものであると云うにある。

しかし前記米軍人ウイリヤム・ルゴーの被告人山村に対する原判示コーヒーその他の物資の譲渡及び被告人山村の輸入の各申告は常に一括して同時になすべきものではなく、各別個に為すのを寧ろ原則とするものであり、従つて、所論の如く本件の山村被告人の譲受けた物資が右ルゴーの米軍隊内より窃取或はその他不正行為による賍品であつて同人に税関に対する譲渡申告が期待し得ないとしても、いやしくも同人よりこれらの物資を日本国内において譲受けた以上、譲渡人に如何なる不正があるにしても該物資が右特例法第六条に定める品物である限りこれが譲受人はそのこととは関係なく、同法第一二条、関税法第六七条に従い別個にその輸入申告等の手続を為すべきであり、且つ特例法第一一条と第一二条とはその立法趣旨を異にする点も存すること原判示の如くであつて、右ルゴーの譲渡申告が前提となり、これがなくては被告人山村において輸入の申告等を為し得ないものではないから(右特例法施行令第一三条参照)前記ルゴーに譲渡申告を期待し得ず、又被告人山村が所論の輸入申告を為すことにより、ルゴーの非行乃至犯罪が官に発覚し、同人との取引が中絶するに至るのみならず同被告人もまた多大の迷惑を被むるに至るべき虞れが多分に存するとしても、これがために右輸入申告義務を免れ得るものとすれば、米軍人より不正の物資を譲受けた者に対し、正当の取得者に対するよりも、より一層利益の取扱を為し且法律上の保護を与える結果となりその不公平であつて、非なること疑いの余地のないところであるから論旨には到底賛同し難い。

同弁護人の論旨第二点について

所論は、被告人山村の所為は詐欺その他これに類似した積極的の不正行為により関税を免れたものとは云い難いから右特例法第一二条、関税法第一一〇条一、二項には該当しないから罪とはならないと云うにある。(論旨中関税法第一一一条第一、二項とあるは第一一〇条第一、二項、関税特例法第一一条とあるは同法第一二条のそれぞれ誤記と認める。若しそうでないとすればその判断は後記のとおりである)。

しかし関税法第一一〇条第一項の詐欺その他の不正の行為とは所論の如く詐欺その他これに比肩し得る積極的不正手段により関税を免れた場合のみに限らず原判決も説明する如く広く正当な輸(出)入の手続を履まないで、そのため関税を免れ又はその払戻を受けた場合をも包含するものであつて、本件の如く有税品の輸入にあたり税関にその申告を為すことなく関税の賦課決定を不能ならしめて関税を免れ又は免れんとした場合も右関税法第一一〇条第一項又は第二項後段に該当すること明かと云うべきであるから論旨は理由がない。

なお若し論旨が被告人山村の所為は関税法第一一一条一、二項に該当すると云うのであれば(原判決には右弁護人は同被告人の所為が右法条にあたると主張した旨の記載がある=原判決書六枚目九行目以下参照=)右法条は原判決も摘示する如く無税品等関税を徴収するの要のない貨物の無許可輸出入を罰する規定であつて本件の如く有税品の輸入の場合は同条ではなく同法第一一〇条に該当するのであるから論旨は理由がない。

同弁護人の論旨第三点について。

所論は山村被告人の本件行為については犯意がなく、又行政犯たる本件について同被告人は関税法の輸入申告等に関する規定を知らなかつたものであるから犯罪は成立しないと云うのである。

しかし被告人が原判示のコーヒー其の他の物資をルゴーと取引するにあたり、少くとも該品が関税未納の貨物であることを認識しており且つ自らも関税を納付しないでこれを輸入(譲受)しようとする意思のあつたことは原判決の挙示する各証拠を綜合すれば優に認め得られるから、同被告人の本件各所為が関税ほ脱の犯意を以て為されたものでないとの論旨には到底賛同し難く、又たとい所論の如く同被告人が関税法その他の法規を知らなかつたとしてもこれがため本件犯罪の成否には何等の影響はないからこの点についての論旨もまた理由がない。

同弁護人の論旨第四点について。

所論は要するに山村被告人に対する原判決の量刑不当を主張するものである。

しかし本件犯行の動機、相当悪質とも云うべき犯罪態様、回数、取引の規模、金額その他記録に現われた諸般の事情を考量勘案するときは所論中首肯し得る諸点を斟酌するもなお原判決の量刑はやむを得ないものと云うの外はなく論旨は結局理由がない。

村岡弁護人の昭和三三年三月一八日付控訴趣意書中論旨第一点について。

しかし原判示のウイリヤム・ルゴーは当時右特例法第一一条にいわゆる合衆国軍隊の構成員であり、同人がたといその所属する岩国米海軍航空隊内より窃取したものにもせよ、それが同法第六条所定の貨物である以上、これを日本国内において同法一一条に規定の者(これをたとえば一般日本人)に譲渡するについては同条第一項により税関に申告し検査を受け、譲渡の許可を受けなければならないのであつて、盗品なるが故にこの義務を免れ得るものではなく、右の規定による許可を得ないで物品を譲渡し又はせんとした場合は関税法第一一一条の規定を準用されるものであること右特例法第一一条第二項により明かであるから原審がルゴーの所為を以て関税法第一一一条に該当するものと解したのはもとより正当であつて、これが不当であることを前提とする所論は採るを得ない。(論旨は原審はルゴーに対し関税法第一一一条第一、二項を適用したと云うが、このことは直接的には原審のルゴーに対する判決書に見受けられるのであり、本件の中谷被告人に対する原判決書中には所論に適切に該当するルゴーに対する適条を示した点は見出せない。ただ同判決書の五枚目表一一行目より同裏四行目までに、解釈上所論を間接的に首肯せしめるような、すなわちルゴーの所為を関税法第一一一条第一、二項に該当するものと認めるが如き記載があるので、所論はおそらくは原判決のこの点を指摘したものとしてこれについて判断をした。若しそれ所論が原審がルゴー自身に対してなした判決の適条の誤を非難するのであれば、これは本件とは全然別個な判決に対するものであつてそれ自体が不適法の論旨と云うの外はない)論旨は理由がない。

同弁護人の右控訴趣意書の論旨第二点及び昭和三四年一二月七日付の控訴趣意書の論旨第一点について。

しかし関税法第一一〇条第一項の詐欺その他不正の行為とは詐欺手段又はこれに比肩し得るような積極的不正行為を指称するに止まらず、広く正当な輸(出)入手続を履まないで、そのため関税を免れ又は関税の払戻を受けた場合をも包含するものと解すべきであつて輸入申告その他の手続を為さずして関税を免れ又は免れんとした被告人山村の所為が同条第一項又は第二項後段に該当するものであることは既に前段説示(丸茂弁護人の論旨第二点についての項参照)のとおりであり、その情を知りながら被告人山村から原判示第二の物品を買受け又は同人の依頼によりこれを預り保管した被告人中谷の所為が同法第一一二条第一項に該当することは疑問の余地はないところであるから所論は採用の限りではない。

同弁護人の昭和三三年三月一八日付控訴趣意書の論旨第三点及び同三四年一二月七日付控訴趣意書の論旨第二点について。

論旨は先ず本件における押収貨物は総て没収すべきであり、これを為さずして追徴を行うべきではない。又没収した場合はその相当金額を追徴すべき金員より控除すべきであると云い、更に追徴金は本件犯罪時の時価によるべきであるから本件においては原判決自体が認定する被告人中谷が同山村より買受けた価格の合計三二〇、二〇〇円を追徴すべきであるにかかわらず四六六、一〇九円の多額の追徴をしたのは違法であると云うのである。

よつて先ず没収の点について考えて見るに、記録並びに当審において取調べた証拠によると、被告人中谷が同山村より買受け又は預り保管した貨物はいずれも原判示米軍人ウイリヤム・ルゴーが岩国米海軍航空隊内より持出した盗品であることが認められるから、同人より被告人山村に譲渡され、更に被告人中谷に移転しても、被害者たる岩国米海軍航空隊は関税法第一一八条一項一号に該当する犯罪貨物の所有者と云い得られるのであつて原審に押収された本件犯罪貨物は関税法の右法条により之を没収し得ないのであるから(原審はこれらの物件を昭和三一年五月三一日及び一一月二七日の二度に亘り総て仮還付決定或は一時貸与の便宜措置により右米海軍航空隊に返還しており、右は原判決の言渡と同時に還付又はこれと同視すべき法律効果を生じ同軍隊に終局的に返還されたものと解すべきである)原審が所論の押収物を没収しなかつたのはもとより正当であつて何等違法の措置ではない。従つて本件押収物件を没収すべきことを前提とする弁護人の右所論は到底採用し難い。

次に追徴金額についての所論を検討するに、関税法第一一八条第二項によれば、追徴金は犯罪の行われたときの犯罪貨物の価格によるべきものであると云うべきところ、その価格とは犯罪当時におけるその貨物の国内における適正な流通価格を指すもの換言すれば、貨物の純粋な価格(これを例えば鑑定価格)に適法な関税及び物品税等を附加したものを云うものと解すべきであつて、所論の如く関税や物品税を全然賦課しない単なる取引価格を云うものではないから(所論の三二〇、二〇〇円は被告人中谷が同山村より関税等の未納品は買入れたコーヒーの買受価格の合計であることは原判示自体により明かである)原審が被告人中谷の本件犯罪による貨物中原判示米軍に返還することができず且つ没収し得ないものの犯行当時の貨物自体の価格を鑑定し之に適応する関税及び物品税を附加計算した価格を算出し、同被告人にその合計額たる四六六、一〇九円の追徴を言渡したのは正当であつて所論は独自の見解に立つもので採用の限りではない。

なお次に論旨は、原審が言渡した追徴金のうち被告人両名に重複する部分(論旨は三二〇、二〇〇円と云うもこれは四六六、一〇九円が正当であること前説示のとおり)は被告人両名の連帯関係を以て処分すべきであると云うのであるが、原判決の主文によれば四六六、一〇九円については被告人両名より各追徴しているから、双方より右各金員を追徴するが如くであるが、これは所論の如く、国の徴税権確保のため、被告人両名は共犯者ではないけれども犯罪貨物が同一である(重複する部分につき)関係上共犯者におけると同様両名より各追徴することとしたものであつてその趣旨は被告人両名の連帯関係を示したもので、何れか一方が履行するにおいては他はその範囲において責任を免れる関係にあるものと解すべく、原判決の表現はこのように理解し得られないことはないから該論旨もまた理由がない。

(裁判官 村木友市 牛尾守三 高橋正男)

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